「異文化理解力」エリン・メイヤー(英治出版)
グローバルビジネスにおいて重要な、文化的差異を踏まえた相互理解について、データと実例を提示しつつ、易しく伝えてくれる良書です。
私自身がコリアン・ジャパニーズかつ、現在仕事で海外の方とかかわっていることもあり、大変面白く拝読しました。
各国の文化の機微を知ることにより、無用な諍いを避け、円滑なコミュニケーションを図ることが叶う――異文化理解はビジネス上、必須のタスクです。
原題であるCULTURE MAPを用い、世界各国の文化的差異を視覚的に示しており、メイヤー氏の女性らしい軽快な筆致も相まって、非常に読みやすい一冊です。
この本は、各個人の人間性を軽視し、出身地によりステレオタイプにあてはめて性格を決めつけるようなものではありません。「文化か個人の性格か」ではなく、「文化と個人の性格」が大事なのだと説くものです。
カルチャーマップは八つの指標で構成されています。
①コミュニケーション:ローコンテクスト/ハイコンテクスト
②評価:直接的なネガティブ・フィードバック/間接的なネガティブ・フィードバック
③説得:原理優先/応用優先
④リード:平等主義/階層主義
⑤決断:合意志向/トップダウン式
⑥信頼:タスクベース/関係ベース
⑦見解の相違:対立型/対立回避型
⑧スケジューリング:直線的な時間/柔軟な時間
ひとつひとつ、紹介していきますね。
コミュニケーション:ローコンテクスト/ハイコンテクスト
ローコンテクストとは
コンテクストの共通性が低い(暗黙の了解が少ない)環境下で育つ文化圏でのコミュニケーション方法。字義通り、かつ曖昧さがない。聞き手が理解できなかった場合、その責任は話し手にあるとする。
該当国は、アメリカを筆頭に、カナダ・オーストラリア・オランダ・ドイツ・イギリスなど
ハイコンテクストとは
繊細かつ多層的で、言外の様々な意味に左右されるコミュニケーション方法。メッセージを伝える責任は、送る側と受け取る側の両者にあるとする。
該当国は、日本を筆頭に、韓国・インドネシア・中国・インドなど
日本は、ハイコンテクスト文化の土壌に育まれた国です。単一民族・島国社会で長い歴史を共有してきた日本ならではの国民性です。
また、日本語は言語的にもハイコンテクストです。同音異義語が非常に多く、どの文脈でその言葉が使われているかを理解するには、最後まで文章を聞かなければなりません。ヒンディー語・フランス語も同じ特徴があり、彼らもハイコンテクスト・コミュニケーションを行います。
ちなみに、アングロサクソン系ではイギリスが最もハイコンテクストな文化です。「ブリティッシュ・ジョーク」は有名ですよね。
評価:直接的なネガティブ・フィードバック/間接的なネガティブ・フィードバック
直接的なネガティブ・フィードバックとは
単刀直入な批判。オープンな反論。グループの前でも行われる。
該当国は、ロシア・イスラエル・オランダ・ドイツ・フランスなど
間接的なネガティブ・フィードバックとは
ポジティブなメッセージで包み込み、やんわりと伝える。1対1で行われる※。
該当国は、日本・タイ・インドネシア・韓国など
※後述の「面子」の概念と連動する。
説得:原理優先/応用優先
原理優先の思考法とは
演繹的思考とも。理論的概念を理解してから、それを現実の状況に当てはめる。概念的データを分析し理解してから結論を下す。結論より先に、諸条件や結論に至った過程を示す。
行動に移る前に「なぜ」
該当国は、フランス・イタリア・ロシア・スペイン・ドイツなど
応用優先の思考法とは
帰納的思考とも。現実世界の個別の事実を積み重ね、普遍的な結論へ至る。実例重視。
「なぜ」よりも「どうやって」
該当国は、アメリカ・カナダ・オーストラリア・イギリスなど
この指標は各国の法律システムにも表れています。
原理:ヨーロッパは、ローマ法やナポレオン法典に由来するシビル・ロー(大陸法)に基づく
応用:イギリス・アメリカは、先例をもとに判決を下すコモン・ロー(判例法)に基づく
リード:平等主義/階層主義
平等主義的とは
上司とは、平等な人々の中のまとめ役であり、組織はフラット。
該当国は、デンマーク・オランダ・スウェーデン・イスラエル・オーストラリアなど
階層主義的とは
上司とは、最前線で導く強い旗振り役であり、組織は多層的かつ固定的(序列)。
該当国は、日本・韓国・ナイジェリア・中国・インドなど
決断:合意志向/トップダウン式
合意志向
該当国:日本・スウェーデン・オランダ・ドイツなど
該当国:ナイジェリア・中国・インド・ロシアなど
日本の稟議システムは、階層主義かつ超合意主義の賜物(?)ですね。
信頼:タスクベース/関係ベース
タスクベース(認知的信頼)とは
業績・技術・確実性に対する確信に基づく。
「仕事は仕事」
該当国は、アメリカ・オランダ・デンマーク・ドイツ・オーストラリアなど
関係ベース(感情的信頼)とは
親密さ・共感・友情といった感情から形成される。
「仕事は人」
該当国は、サウジアラビア・インド・ナイジェリア・中国など
また、以下の国民性もこれに関係しています。
桃型文化:初対面の相手にも親しく接して非常に友好的だが、やり取りを続けていると、突然硬い種にぶつかる。友好的=友情ではない。
該当国は、アメリカ・ブラジルなど
ココナッツ型文化:関係構築には時間がかかるが、硬い殻を破れば、関係は長く続く。
該当国は、フランス・ドイツ・ロシアなど
ちなみに日本は、中国やインドに比べるとタスクベース寄りですが、「飲みニケーション」という言葉もある通り、関係構築も重視されます。(真ん中より大きく関係ベース寄り)
飲み文化は廃れつつある昨今ですが、「あなたと」仕事をするという感覚は根強いように感じます。とは言え私も昭和生まれですので、もっと下の世代の方々の見解もお伺いしてみたいところです。
見解の相違:対立型/対立回避型
これを語るには「面子(中国語mianzi)」という概念への理解が欠かせません。「面子」はどの社会にも存在していますが、その重要度が異なります。
対立回避型である中国・韓国・日本などの儒教的社会では、チーム全員の面子を保ちながら調和を維持することがとても重要です。(グループの調和)
孔子が「関係性の五つの徳目」に説く、各自が定められた役割を演じることにより、社会秩序が保たれるとする考え方が基盤となっています。
アジア文化圏において、日本・インドネシア・タイは、中国以上に面と向かっての反対を不快に感じ、対立を避けようとします。
聖徳太子の十七条憲法は「和を以て貴しと為す」で始まるのです。
孔子や十七条憲法を勉学として習っていようがいまいが、道徳的・倫理的教えとして、我々は教育されてきた――国民性とはそういうものなのですね。歴史と文化の縷々たる継承のありようを見る思いです。
さて、改めて対立型と対立回避型について説明します。
対立型とは
見解の相違や議論はポジティブなものであり、表立って対立するのは問題なく、関係にネガティブな影響は与えない。対立や意見の不一致は、隠れた矛盾が表面化したものと捉える。対立によりリスクが軽減され、創造性が増し、素晴らしい結果を生む。反論は個人的感情の発露ではなく、真理にいたるための知的運動という考え方。
「否定は、『アイデア』の否定」
該当国は、イスラエル・フランス・ドイツ・ロシア・オランダなど
対立回避型とは
先述の考え方により、これらの人々から意見を引き出すには、意見と人格を分けて、反論を非人格化しなければならない。(全員で・無記名で・投票して等)
「否定は、『あなた』の否定に結び付く」
該当国は、インドネシア・日本・タイなど
ちなみにドイツ人は感情表現は控えめですが対立型であり、メキシコ人は感情表現はオープンですが対立回避型寄りです。感情表現が控えめか情熱的かという特色と、この分類はイコールではありません。
また、最もローコンテクストな文化とされるアメリカは、見解の相違については中立的です。ネガティブ・フィードバックの前にはそれ以上のポジティブ・コメントを添えるという、中間的傾向にあります。ローコンテクスト=対立的でもないわけです。
スケジューリング:直線的な時間/柔軟な時間
直線的な時間とは
プロジェクトは連続的なものであり、組織性や迅速さが重要とする。系統立ったスケジュール。
該当国は、ドイツ・スイス・日本・スウェーデンなど
柔軟な時間とは
プロジェクトは流動的なものであり、順応性や柔軟性が重要とする。柔軟なスケジュール。
本では、このような結果(八つの指標)をカルチャーマップとして図式化していますが、重要なのは、指標における各文化の絶対的な位置ではなく、二つの文化の相対的な位置関係です。「相対的な関係性」が、「相手への認識」となります。
例えば、中国は全体で見るとかなり間接的なネガティブ・フィードバック文化圏に位置しますが、世界一間接的な日本からすると、中国人の物言いは遠慮がないと判断されますね。日本と中国の二つの文化の相対的な関係性(相手への認識)は、そういうことになります。
同じく、中国・韓国は世界的には感情表現が控えめで対立回避型に分類されますが、日本からすると、中国人・韓国人は気性が激しいとされます。絶対的位置と相対的位置の例です。
ちなみに中国と韓国は、グループ内外での振る舞いが大きく異なる傾向がある文化圏のため、また評価が複雑になってきますね。
他国で言うと、イギリスはヨーロッパ文化圏に比べるとかなり応用優先の思考法とされますが、アメリカと比べれば極めて原理優先的なのです。
ところで、ドイツ人と日本人は似ているという言説をしばしば耳にしますが、カルチャーマップに照らしてそれが立証されるのか、見てみましょう。
ドイツ
ローコンテクスト
直接的フィードバック
原理優先
平等・階層中間
合意思考寄り
タスクベース
対立型
直線的な時間
日本
ハイコンテクスト
間接的フィードバック
応用優先
階層主義
合意思考
関係ベース寄り
対立回避型
直線的な時間
共通点は、「合意思考」「直線的な時間」しかありません。
比較として、同じアジア圏の中国を挙げてみます。
中国
ハイコンテクスト
間接的フィードバック寄り
応用優先
階層主義
関係ベース
対立回避型寄り
柔軟な時間
六つも共通点があります。やはりお隣の国との方が「似ている」わけですね。
さて、ここまで「異文化理解力」(エリン・メイヤー著)の概要を紹介してきましたが、最後に印象的だった箇所を引用して、紹介文を締めさせていただきます。
二匹の若い金魚が、向こうから泳いできた年寄りの金魚とすれ違う。
年寄りの金魚は彼らに挨拶して言う。
「おはよう、坊やたち、水の調子はどうだ?」
――すると若い金魚の片方がもう片方に聞く。
「おい、水ってなんだ?」